「一日が終わってしまう」

 昔、実家に住んでいた時、母方の祖父母とも同居していた。その私の祖母が夕方になると、口ぐせのように言っていた言葉がある。

 「ああ、また一日が終わってしまう」と一人ごちるのである。

 私は夕暮れを眺めるのが好きであるから、悲観的なそんな祖母を見て不思議に思っていたものだった。しかし、齢を重ねて、時間が無為に過ぎてしまうことへの後悔の念、そして年をとるごとに徒労感が増していってしまう人生の重みが分かるようになった気がする。 

 人は人生の頭から終わりまでずっと充実感にひたって生きることはできない。充実感の裏には継続的な努力が欠かせない。また、世のさだめとして不運に見舞われることさえある。「何のための人生であったのか」と思い悩むこともあろう。一日に必ず終わりがあるように、人の一生にも必ず終わりがやってくる。「また一日が終わってしまう」という独白は、自身の一生へと重ね合わせられる事になる。

 だが、それでも夕日はいつでも美しい。紫色にかすんでゆく橙は、人の一生に意味を求めることが無益だという一事を象徴しているのかもしれない。

0コメント

  • 1000 / 1000